喜べ。茶を注いでやる。
[ 裏の裏の表は裏 ]思う事がある。
こいつがもし本気を出せば、俺だって倒されちまうんじゃないかと。
そんな事を、思う時がある。
「いや無理だろ」
そう素気なくその考えを却下したのは、向かいで茶を飲む、当の本人の静蘭だった。
「なんでー俺結構本気でそう思ってんだけど」
「本気で馬鹿なんだな」
「ひっでぇの」
何て事。
俺真剣に考えてそう思ったのに。
「唇を尖らせるな。気持ち悪い」
「これって可愛い仕草じゃなかったっけ」
「お前以外がやればな」
「あー、お前似合いそうだもんな」
「まぁな」
「…え」
しらっと言い切ってくれた静蘭の顔色が変わる事はない。
何その自信。
いや可愛いだろうとは思うけどさ。
こうも自信満々な顔されるとかえって戸惑う。
既に誰かに言われんじゃねぇの、こいつ。
あり得そうなのが嫌だな。
「冗談だ」
「へ?」
「大の大人の、しかも男が、そんな仕草しても可愛い訳ないだろ」
例え私でもな、と静蘭は俺の反応の薄さに白けたような顔をした。
あ、ボケたの。
はー納得納得。
………。
本当か?
だったらその後ろの「例え私でも」って何だよ。
そう心の中で思う俺を他所に、静蘭は頬杖をついて俺を見た。
「それにしても、何でそう思う? どう見てもお前の方が」
「いい男だってか?」
「………」
「……スミマセン」
や、睨みだけでも十分俺より怖ぇよこいつ…。
知ってたけど。
「まぁそれは置いといて、確かに俺の方が体格良いし、体力あるし、
けどさ。
「時たま思うんだよ。お前が本気を出したら、どうなるんだろう、って」
本気で刃を抜き、斬りつけられたら。
何かの覚悟を持って、その翡翠の瞳で睨み付けられたら。
「俺の首、持ってかれそうだなーって」
思う。
激情に身を任せるのではなく。
殺意に塗れ突き動かされるのではなく。
こいつが本気になる時は、きっと誰かの為だろうと。
(あの、何ヶ月かの間)
こいつにとっては多分悪夢の。
俺にとっては賭だった、あの期間。
思えばこいつの腕を持ってすれば、頭を持ってすれば、あそこから逃げ出す事は可能だった筈だった。
けれどそうしなかった。
逃げ出すどころか、生きようともしていなかった。
こいつは、だからきっと自分の為には生きられない。
生きようと思えない。
そんなヤツなのだろうと、幼いながらに思った。
その印象は、育った今でも変わらない。
相変わらずこいつは自分の為には生きてない。
誰かの為に生き続ける。
けれどもし、その生きる理由の誰かを全員喪ったその時は。
(お前は、どうするんだろう)
またあの時のように惰性で生きるのか。
それとも―――。
「ッ……!!」
突然の斬撃。
殺意もなく。
音もなく。
すれすれで、空を切る。
「あっ……ぶねぇな静蘭!!」
心臓が飛び跳ねただろうが!、と言えば、ふん、と鼻を鳴らして刀を鞘に戻す静蘭は。
「ほらな」
「あ!? 何が!」
「死んでないじゃないか」
あっさりとそう言って、つまらなさそうな顔をした。
お前が言うから殺せるのかと思ったのに。
そう、言いたげに。
「……だから、お前が本気になったらの話で」
「私は何時でも本気だ」
「…それはそれでどーかと」
そう軽口をたたきながら、それでもやっぱり思うんだ。
(お前の本気は何処にある?)
(どうしたら見られるだろう)
(あぁ、いっそ)
(お前の大切な誰かを傷付けたら――)
そんな思考は。
「燕青」
俺を見上げる視線で霞み。
「余計な事は、考えるなよ」
その一言で、霧散した。
「…へいへい」
力のこもらない返事をして、それまで放っていた茶を口にする。
冷めたそれは嫌に苦く、もしかしたら最初から苦く煎れられていたのだろうかと勘ぐってしまう。
煎れたの静蘭だし。
それでも、その苦さに気づかない振りをして飲み干した。
うっすらと静蘭が笑っているように見えるのは、きっと気の所為だろう。
(…まったく、敵わねぇなぁ)
惚れた弱みか。
嫌だねぇ。
思いながら、カタリ、と中身のなくなった茶器を机に置く。
静蘭の手が流れるように動いて。
茶器の中が満たされる。
「………」
何時もなら絶対しない行動に、驚いて、納得。
……嫌がらせかな、やっぱ。
20100201
〈その嫌がらせさえ、もう手放せない日常。〉