忘貝

[ 宵闇に燻る恋なれば ]



 ふと通りすがった店先に、綺羅綺羅光るものを見た。
 先程買った物を抱え直し、重さに不便を感じながらも、それでも好奇心に抗えずに覗き込む。
 綺麗なものでしょう、と気付いた店の主人がにこやかに笑う。
 今朝子どもが取ってきたんですよ、何処からかね、と。
 へぇ、と相槌を打ちながら見ていると。
 おねぇさん、欲しいの?
 奥から子どもがやって来て言う。
 眠たげに目を擦るその子は唖然とする此方とあははと笑う父を気にせず、はい、と事も無げに差し出してくる。
 いいよ、あげる、大切にしてね。
 思わず受け取り窺うように主人を見れば、良いんですよ、元々売りものではないのだし、とまだ笑いながら快くそう言う。
 ならばと、ありがとうございます頂きますと頭を下げれば、いいよいいよ、また来てねと言う父娘に見送られて店を出た。
 太陽の下、それは一層綺羅綺羅と輝いた。
 夜空の星を陽の下で掌に転がすような不思議な感覚。
 あぁ綺麗と笑えば不意にあの子を思い出す。
 そうだあの子に見せてあげよう。
 見せればこれに負けないくらい、綺麗だと言って、綺羅綺羅笑ってくれるかな。
 そうだ。
 今から会いに行こう。
 そう、思うのに。

「――――…あれ?」

 立ち止まる。
 首を傾げる。
 掌を見詰め。
 小さく、零す。

 あの子とは、誰だっけ。





  綺羅綺羅星に、君は何を願ったの





 あにうえ、と袖を引く。
 そうしなければ、星空を見続ける兄がすぅっと宇宙(ソラ)に溶け消えてしまいそうだったから。
 だから、ん?、と自分の声に応えて此方を見てくれた兄に、稚心(おさなごころ)に酷く安堵したものだ。
 そして冬の冷たい空気を含んで冴え渡るような髪や瞳や指を、指で辿り眼で触れて存在を認知し、それでも足りない気がしてあの時急に抱きついたのだっけ。
 兄は酷く驚いた様子だったが、しっかりと抱き留めてくれた。
 その体は矢張り服越しにも冷たくて、しかしその冷冽さが震える程である事に驚き、帰りましょう、と立ち上がって兄の手を引いた。
 何時もならばその役は兄のもので、逆転した役どころに、何故か星空を見ていた兄への不安がまたぶり返す。
 帰りましょう、あにうえ。
 ね。
 もう、夜空が静かすぎるから。
 そんな言葉を尽くして、兄の手を引いた。
 すっと長くて少しだけ女性的で、でもやっぱり剣を扱う事に慣れた手は、だから握っていれば不安など感じた事はなかったのに。
 そして兄を美しく強く頼もしいと思った事はあっても、儚いと思った事はなかったのに。
 星空が綺麗だったからか。
 夜空が静かすぎたからか。
 宵闇が冷たすぎたからか。
 その日は何故か、何かが違っていたのかも知れない。
 兄は笑んだままで動かず、逆に手を引かれて腕の中に逆戻り。
 大丈夫。
 と何時もの声で言ってくださったけれど。
 大丈夫でない気がした。
 怖い、と思った。
 兄がではない。
 兄が見詰める先、兄の心を奪い続ける星空が。
 ただ無性に、恐ろしく。
 風邪を…、あにうえが、風邪を召されます。
 だから帰りましょう。
 帰りましょう、あにうえ。
 最早手を引く事も諦めて、縋り付いて訴えた。
 襟元に顔を埋めて泣き付いた。
 ねぇ、あにうえ。
 天空(ソラ)に、あにうえが求めるものはありません。
 そう言った真意など、自分自身分からなかったけれど。
 そんな気がした。
 空に、兄は何かを求めていた。
 躰を凍らせながら、何かを探している気がした。
 そしてそれは、正しかった。
 …そう、と小さく呟いて残念そうに一つ瞬きの後、兄は自分を抱いたまま立ち上がり、宮の方へと歩き出した。
 あにうえ。
 ん?
 ……綺麗、でしたね。
 そうだね。
 そう言って、笑んで。
 でも、それだけだったね。
 そう零した兄の笑みは、綺麗で、儚くて、兄の体温のように、冷たかった。
 理由は、今を以て分かってはいない。
 兄の中でのみ完結する思考と感覚とで、その夜の存在は淘汰されたのだろう。

(…けれどもし、その一端にでも触れる事が適っていたなら)

 思う。

(何か、変わっていただろうか)

 何が、とは。
 分からないけれど。





 目を開く。
 懐かしい、と劉輝は夢の切れ端を辿り最初にそう思って、朝陽の中にあの星空を思い出す。
 目を瞑る。
 少しの間白光で満たされた視界が徐々に曇り、それでも瞼を通しても陽の光は明るい。
 その明るさに救われながら、未だ寝転がったまままた目を開ける。
 数度瞬きをして、目を伏せ、溜息。
 それは星空に感化されて思い出した、ここ数日の気鬱な事件の所為。
 発覚した時の衝撃を言葉にする術など、劉輝には持ち得ない。
 それは楸瑛にしても絳攸にしても同じ事。
 溜息を吐く。
 リオウにも相談したが、自分の管轄外の事で手に負えないとはっきり言われ、途方に暮れた。
 解決方法は分からない。
 解決するのかも分からない。
 原因すら分からなかった。
 いっそ笑みすら出てくる始末。
 口端を曲げて、眉を顰めて。
 泣き笑いの顔で、劉輝は褥の中で自分自身を抱き締めて。
 数日前を思い出す。
 身を切られるような想いで、思い出す。





『…劉輝様』

 朝早く、寝所に翡翠が来て劉輝を揺すり起こし、藍将軍が王に謁見したいと申しておられますと耳元で囁いた。
 いくら仕事が溜まりに溜まっても始業時間が早くなった事はなく、その分残業三昧で、だから楸瑛の訪問が火急の用である事は知れたし、何より楸瑛の様子が何時もと違っているのを翡翠自身感じたのだろう、常の楸瑛に相対する時のような刺々しさは感じられなかった。
 分かったと応え、素早く整える程度の身支度を済ませて劉輝は寝所の少し先にある室へと向かった。
 室では眉間に皺を寄せた楸瑛が居て、何時も飄々としている彼らしくない、と思いながら、どうしたと挨拶も抜きに問う。
 暫時どう言えば良いかと思い悩むように目線を泳がせた楸瑛は、それでもその後、目線を下に、言葉を溜息と共に吐き出した。
 傷付かないでくださいと。
 言葉の意味が分からず首を傾げる間もなく、言葉を零したその流れに乗ろうというように、楸瑛は躊躇わずに、いやきっと躊躇いすら孕んで、言葉はさらりとこの世に堕ちた。

 静蘭から貴方に関する記憶が消えました。思うに、全て。

 (いら)えは沈黙。
 純度の高い、困惑だった。
 その言葉に何も思わず何も感じず、劉輝は実直に立って楸瑛の言葉を聞いた。
 静かに。
 閑かに。

 …昨夜の、事です。

 仕事終わりにふと廊下で楸瑛は静蘭と鉢合わせして、当り障りのない会話の果てに、そう言えばと切り出した。
 最近劉輝様が君に会えなくて仕事を愚図りがちだから、近々執務室に顔を出してはくれないかと。
 静蘭は首を傾げ一言零した。
 それは誰だと。
 巫山戯ているのか、それともそう言う振りなのか。
 公に出来ない関係である事は承知していたから、楸瑛も宮中で滅多な事は言わなかった。
 ただ、誰ってそりゃあ君を慕う我等が主上じゃないか、と、笑ってそう言っただけだ。
 静蘭は笑わなかった。
 主上…?
 呟いて、笑わず、繰り返した。
 誰だと。
 楸瑛は其処で何かが食い違っている事に気が付いた。
 振りでなく、静蘭の疑問と言葉が真剣なものである事に気が付いた。
 翡翠の双眸が揺れない。
 冷たく冴え渡り、ただ真摯。
 弟への愛情は楸瑛が苦く感じる程深いもので、だからこそ、それは非常に奇異に映った。
 ―――可笑しい。
 静蘭、君…。
 はい?
 紫劉輝だ。
 は?
 主上の名前だ、そしてその名は君が最も大切にしてきた人の名じゃないか。
 ……。
 …静蘭。
 無垢に沈黙を守るその姿が答えだった。
 慄きの中呼び掛ければ、静蘭は一度吐息を洩らした。
 そうして小さく言ったのだ。
 …あの時、私は他の兄弟を道連れにしたと思ってましたけど。
 仕損じたみたいですね、と。
 その時の冷笑に中てられて身を固くした楸瑛の脇を静蘭が通り過ぎる。
 静蘭…!
 呼び掛けに返る声はなく、静蘭は角を曲がって消えた。
 追い掛ける事も出来ず、楸瑛は廊下の中腹で立ち竦むしかなかった。

 馬鹿な、と思いましたよ、私も。それでも、恐らく…。

 ざわり、と劉輝の背を何かが駆けた。
 悪寒とか恐怖とか、多分、それに類する何かが。
 けれどそれで済んだのは、本当だったらは怖いなという、何処か夢物語のように感じたからだ。
 本当の訳がない、そんなもの。
 思わず浮かんだ歪んだ笑みに、楸瑛はその劉輝の心意を悟ったのだろう、物分りの悪い子どもを見た時のような苛立が眉宇に漂った。

 冗談だとお思いですか。

 (きっさき)のような声音と双眸。
 そうだともそうじゃないとも言い難く、劉輝は誤魔化すように、歪な笑みを滲ませ言った。
 ならば静蘭を連れてくれば良い。
 そして真偽を確かめれば良いと。
 容易に言った劉輝に、今度こそ楸瑛は怒った。

 ―――だから連れてきませんでした!

 鋭い激昂に、肩が跳ねる。

 信じないのは貴方の勝手だが、それで彼が傷付く事はない、ただ貴方だけが傷付くんです…!

 見開いた瞳には、昏い陰影(かげ)

 傷付く覚悟もないのに軽々しくそんな事を言うのは止めなさい!

 怒号が止んで、暫く。
 劉輝様、と楸瑛は声の乱れを綺麗に消して呼び掛ける。
 ではうかがいますがと口を開く。

 今の静蘭の記憶の中に、貴方は、紫劉輝は、いません。

 一欠片も、過去現在、彼の記憶の中に存在しない。
 彼は貴方の名を知らない。
 貴方の顔を知らない。
 貴方という存在を知らないんです。
 劉輝様。

 ―――静蘭に、会いたいですか。

 劉輝は立ち尽くし、首を横に、静かに振った。





(兄上が、私に関する全ての記憶を、失った――…)

 劉輝は静蘭に未だ会ってはいない。
 怖くて、ただ、怖くて。
 劉輝にとって、静蘭にとってそうではなくとも、彼は唯一無二の兄だった。
 家族と本当の意味で呼べる人で、そう認めた人で、認められたいと願った人で。
 だから喪った時、そうと気付いた時は、死にたい程辛かった。
 兄のいない世界に取り残されて、どうやって息をすれば良いか分からなかった。
 それでも劉輝は生きた。
 兄と寄り添う思い出が、独り王宮で生きた冬の時代を支えたのだ。
 未来を生きる為でなく過去を取り戻す為に王になった。
 そうして会えたのに、ようやっと、会えたのに。

(…奪うな)

 奪うな、奪わないでくれ。
 私から兄を。
 兄から、私を。

「―――清苑、兄上…」

 ただ一人の人。
 奪われるくらいなら、いっそ死んだ方が楽なのに。
 吐息が震えて喉が強張る。
 唇をくちりと咬んで、一層躰を丸めて抱く。
 涙が、睫毛を濡らして頬を滑った。





 一日の執務を悄然と終え、楸瑛と絳攸が何か言いたげに数度自分を見た事を知りながら何も返さず、そうして振り切るように帰って行った二人を見送らずに、劉輝はふらりと窓辺に凭れ掛かる。
 晴れた夜空にも気持ちは揺れる事なく凪いだまま。
 溜息を吐く事すら億劫で、静かに夜に身を寄せ時が過ぎるのを待っていた。
 目は冴え、それでなくとも眠るのは嫌だった。
 現で会えぬなら夢で、とでも言うように此処数日、寝る度に劉輝は幼い頃の兄との思い出を記憶の底から引っ張り出し、夢から醒めては何時も泣く。
 そんなのはもう懲り懲りで、だから早く夜が明ければ良いと。
 望んで窓の外を虚ろに見ていて、不意に気付く。
 夜闇に蠢く影がある。
 それは月が出て星が明るいからこそ分かった事で、そしてそれが向かい消えて行った先を知り、その影が誰であるかも劉輝は悟った。
 喉が小さく上下する。
 緊張と恐怖を呑む為だ。
 そして決意する前に躰が動く。
 あれほど動く事を嫌ったのに、窓を飛び越え沓を滑らせその影を追った。
 冷たい風が頬を打ち、喉奥を突く。
 呑み干した筈の緊張と恐怖が胸の中心で早鐘を打つ。
 それでも劉輝は進み続けて、その影を目で捉えた。
 足を止めて影を見て、その場所を見た。
 其処は劉輝の想像した通りの場所で、今朝の夢の舞台だった。
 満天の星空が臨める禁苑の四阿。
 劉輝と彼の兄が、共に空を眺めた場所。
 夢の中で、遠い、現の中で。

(その場所で、貴方は何を見ているのですか)

 兄上。

 問いたくて、近付きたくて。
 でも出来ずに佇んでいた劉輝は、夜空を見続ける兄の姿に嘗ての彼を重ねて、泣きたい気持ちで微笑んだ。
 あぁ変わらないと思った。
 星空と同じように、貴方もあの頃と変わってはいないのだ。

「…捜し物は、まだ見付かりませんか」

 ぴくり、と反応があって、彼は夜空から視線を引き剥がし、劉輝を肩越しに振り返って見た。
 きらりと光った翡翠の双眸。
 優しさからは程遠く、向けられた事など一度もないような気圧されそうなそれに、それでも劉輝が笑んだままでいられたのはただ彼が昔の兄と何ら変わっていない事を知ったからだ。
 彼は未だ夜空に何かを求めている。
 何かは分からないけれど。
 それを、劉輝が与えてやれるとは思わないけれど。

「あにうえ」

 駆け寄って近付いて、問いはしなかったけど、抱き着いた。
 背後からぶつかるように抱き締めて、その衝撃に兄が息を呑んだ音が聞こえて、何かがぽろりと兄の手から零れ堕ちたのが見えて、でも気にしてやれず抱き留めた。

「あにうえあにうえあにうえ」

 呪文のように呼べば、なんだか可笑しくて涙が出た。
 笑い過ぎた訳でもないのに涙が零れて、そんな事はどうでも良くて、兎に角何か喋らなければと喋り出す。

「帰りましょう、あにうえ。此処は少し寒いです。星空は綺麗だけど、でも、何も無いから」

 ぎゅうぎゅうと抱き締めながら言う。
 あの日言った言葉を繰り返す。

天空(ソラ)に、あにうえが求めるものはありません」

 だからだから、帰りましょう。
 あにうえ。
 帰ってきてください。
 劉輝のもとへ。

「ね、あにうえ――…」

 ぽろぽろ涙が堕ちる。
 月に照らされ星と共鳴し、それは綺羅綺羅と光って彼へと降り注いだ。
 きらり。
 一層輝いた涙の粒が零れ、彼に触れた、その時。

「…劉輝」

 耳に触れた声。
 弱さと優しさの狭間の声。
 それが自分を呼んだのだと気付き涙も止まって呆然とすれば、瞬間弱まった腕からするりと抜け出して兄は劉輝に向き直った。
 冷え切っていた瞳に、柔らかい光。
 兄が、劉輝を何時も見ていてくれたような、眼差し。

「…あにうえ」

 呼べば、ふと笑ってくれた。
 手を伸ばし、頬に触れられる。
 冷たい繊手が劉輝の輪郭を撫で、伝う温かい涙を拭い去って。

「こんな処に、あったとはね」

 紡がれた、独言。

「空にない筈だ」

 その私語に、劉輝は兄が漸く探し物を見付けたのだと知った。
 もう、天空が兄の心を奪う事はないのだと知った。
 その安堵と何かに、込み上げるものがあって。

「あにうえぇ…」

 情けなく震えた語尾とまた降り始めた涙。
 しゃくり上げる喉を宥めて、何とか劉輝は言葉にした。
 強張る表情を和らげ笑った。

「おかえりなさい」

 それに、ただいまと、兄の声が一つ、応えた。





「「で?」」

 翌日参朝した楸瑛と絳攸は、目の前の光景に事態が収集した事を知った。
 意気消沈として仕事をする上司ならば理由も理由だったし多少の同情を禁じ得なかったが、今の彼ははっきり言って非常に何故か鬱陶しい。
 せめて経緯を聞く事は許されるだろうと尋ねれば。

「さぁ?」

 言うつもりがないと分かる程あっけらかんと返されて二人は盛大に苛立ったが、相手にするのも馬鹿馬鹿しいとそうですかと突き放して自分の仕事に着手し始める。
 当の劉輝からすれば、ただ兄が帰ってきた事は分かるけれど、だからと言って真相を知っているかと言えばそうではない。
 話すような経緯を劉輝も知らないだけなのだが、言った所で言い訳だと思われてしまうだろう。
 あぁそれにしたって。

(幸せ、だなぁ)

 つくづくと思う。
 楸瑛が居て、絳攸が居て。
 今此処には居ないけれど、兄が居る。
 勿論秀麗も邵可も、翡翠だって他の者達もそうだけど。
 好きな人達に囲まれている。
 ある一時の凍った時期を思い返せば、あの時には想像もしなかった未来が此処にある。
 小さすぎる幸せだと何時か翡翠に言われたけれど、そんな小さな幸福を劉輝は心の底から愛していた。

「…主上」
「ん?」
「「にやけてないで仕事をしなさい!」」

 そんな部下の叱責すら、劉輝はとても愛していた。





 それと丁度同じ頃、四阿に一つの影があった。
 彼の人の髪は淡藤、双眸は翡翠。
 何かを捜すように下に向けられていた眼が捜し物を見付けて一点に固定される。
 陸に打ち揚げられた魚が跳ねるように、綺羅綺羅と朝陽を受けて輝くそれ。
 幾日か前、とある店で譲り受けた二枚貝の片割れだった。

「…成程」

 まさかそれがそうだとは、思いもしなかった。

(忘れ貝、か…拾うと恋しい人を忘れられるという)

 知識として存在は知っていたが、それをこの手にし、本当に誰かを忘れる事があろうとは。
 しかし、と浮かんだ笑みは嘲笑と言うよりは苦笑。
 壁に背を預けてくくと笑う。

「恋しい人、ねぇ…?」

 愛しい人なら言い逃れも出来ただろうに。
 恋しいとくれば、言い訳すら意味がない。
 愛している事は確かだけれど、それは恋ではなかった筈だけど。
 愛から恋へ。
 昇華したのか落魄したのか、全く以て分からない。
 そして本当にそうなのかも、分からないけれど。
 再度見下ろして思う。
 見れば見る程、宵に光る星空に似ていると。
 それでも、もう。

「捜し物は、見付かったから」

 言い捨てて踏み潰す。
 パキンと鋭い音を立てて貝は粉々に砕けて割れた。
 星が死ぬ時はそうして死ぬのだろうかと首を傾げ、どうでも良いと笑って彼は四阿を後にした。

(さて、今からどうしよう)

 考えて、月の美しさで彼は笑む。

(そうだあの子に会いに行こう)

 突然顔を見せに現れれば、綺羅綺羅と笑ってくれるかな。
 そうだと良い。
 あの貝よりも夜空より、綺麗に笑ってくれたら良い。
 さぁ。

(今から会いに行こう)

 恋しいあの子に、会いに行こう。





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 20110214
〈見付けた、倖せ。太陽の君。〉





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