雪の、日

[ 僕はこの手を離さない ]



 清苑様、と呼びかける声を振り切って、庭院へと出た。
 雪が舞う昊。
 堕ちたそれは、地上を白く白く染め上げて。

(綺麗)

 と嘆息した事は事実だけれど、踏みつけてしまえばただの汚れた結晶。
 そして終いには消えてなくなるのだろう。

(あぁそんな事よりも)

 じっと見ていた足元の雪から視線を剥がし、目的地を見据えて走り出す。
 息は吐いた瞬間に凍り、その冷気を吸った喉も凍ってしまうかのような、そんな日。

(けれど、あの子は)

 約束した、今日会おうと。
 あの子が私との約束を違えるとは、思えない。

(例えこんな雪の日でも。寒さを凌ぐ場所がなくとも)

 あぁ何故あの時屋根のある場所を指定しなかったのか。
 今日の天気を知らなかったとは言え、清苑は自身を責めた。

(―――劉輝)

 そう呟いた時、約束の場所が、見えて。

「兄上っ」

 劉輝の姿。
 肩は僅かに雪を被り、頬も白い。
 温かさを分けるように劉輝を抱きしめれば。

「兄上…?」

 やはり冷たい。
 紅葉のような手も、ふっくらした頬も。

「ごめんね、劉輝。早く私の宮に――」

 言いかけた言葉を遮るように。

「兄上…温かいです」
「劉輝…?」

 きゅ、と劉輝が抱きついてくる。

「…あにうぇ…」

 そうしてくたりと体重をかけてきた小さな弟は、どうやら清苑の体温に安心し眠りに就いたようで。
 劉輝、と呼びかけてももう返事をする事はなかった。

「待ちくたびれたか」

 ごめんね、と榛色(はしばみ)の髪を撫でれば、首筋に頬を擦り付けて。
 まるで猫のようだと密やかに笑い、抱きしめたまま昊を見つめた。





 相変わらずの雪景色。
 体温は奪われ、息は細く揺れるだけ。
 その中で。

 腕の中のこの小さな温もりだけが、清苑の全てだった。





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 20090913
〈神様、神様。この子だけは、僕から取り上げないで。〉





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