ヒーローに休日なんてない
[ 今日も世界戦線! ]「―――疲れましたー…」
力なく言ったのは、リーダーを務める彼だった。
真田の部屋に入って速攻、真田の許しも得ずにベッドにバタンキューである。
日頃のクールな彼しか知らない者が此処に居たら絶望で死にそうだな、と真田は冷静に思いながら、それでも本音を見せてもらえる事に微かな喜びを抱きながら、自分は勉強机の椅子に座って寝そべる彼を微笑ましく見る。
「何だ? 一日二日連続でタルタロスに挑んだくらいで…」
が。
くるり、と唐突に彼の顔が真田を向く。
「四日目です」
「…ん?」
「よ・っ・か・め、です」
若干無表情の中に恨めしそうな色が見えるような、と真田は分析する。
いちいち区切る様に言うその憎たらしい言い方もどうしたものか。
はてさて、と首を傾げると。
「真田先輩が『行こう行こう』って言うから連日連夜タルタロスですよ! だから疲労や風邪で『今日はちょっと…』って言う子が続出なのに先輩気にせず僕に『行くよな?』ってキラキラした笑顔で言うからついつい付き合っちゃって…」
もう、四日目、です!
ついでに言うとその内の二日は僕達二人だけでしたからね!
と主張する彼に、あぁそんなの、と真田は笑って。
「細かい事は気にするな」
「気にしますよ! てか細かくないですからね!? 二日違えば色々と違…!?」
違うでしょう―――と言いかけた彼は、真田の顔が段々陰っていく事に気付いて声を詰まらせた。
だってそれは、本当に本当に、哀しげな顔だったから。
「せ、先輩?」
恐る恐る声をかければ、真田は陰る表情と共に下げていった視線をそのままに、彼の声に答える。
「……悪かった」
「……え…」
「いや…俺の我が侭だった。もう、言わない」
「え…や、その…」
彼は困った様にベッドに身を起こして真田と向き合う。
こんなつもりじゃなかったのだと唇を咬む。
ちょっとはっきり言っておこうかな、くらいの、そんな軽い気持ちだったのに。
「先輩…」
ねぇそんな顔しないで。
泣きそうな顔、しないで。
先輩先輩。
「そんなに…タルタロスに、行きたかった?」
当て推量でそう聞けば、違うんだと真田は首を横に振った。
では何故…?、と優しく問う彼に、真田は。
「……戦ってる、お前が」
「……うん」
「…………かっこ……よくて…」
影時間も疾うに終わった闇の中、溶け消えそうな小さな声。
それと同じ様に、赤い耳と目元、潤んだ瞳。
聞き取った彼は驚いて、辛うじて見た彼の恥じらいと艶やかさに、息を呑んだ。
「…だから、僕と一緒に、タルタロスに行きたかった、の…?」
照れと驚きの半々の割合で構成された声を聞き、真田は知らないだろうと小さく笑った。
「戦ってるお前はカッコいいぞ。何時もはぶれている視点が定まるというか、眼の輝きも普段と違う。何と言うかな……うん。やはりカッコいいとしか、タルタロスでのお前を表現する言葉は浮かばない」
「……そんなに?」
「あぁ」
「カッコいい?」
「あぁ、カッコいいぞ」
ヒーロー、みたいに。
言って、ふわりと笑った真田。
闇の中でもはっきりと見えたその微笑に、彼はしょうがないなぁと
「わっ」
「早く寝ましょ、先輩!」
「いきなり何だ?」
抱きつき引き込み、真田と共にベッドに倒れ込んだ彼は、ぎゅう、と真田を抱いて離れようとしない。
それは良いのだが突然の行動に驚いた真田が訳を聞くと。
「明日も大変ですからね」
タルタロス、行くでしょう?
何でもない風に言われた言葉に、真田は大きく眼を見開いて。
「いや、でも…」
否定の言葉を口にしようとしたのを、彼は掌で真田の口を覆ってしまう事で阻止した。
もがもがと抗議する真田を、額にキスで黙らせて。
彼は言う。
「明日も休んでなんかいられませんよ」
心底嬉しそうに誇らしげに。
「だって僕は―――」
ヒーローですから。
20101201
〈なりたかったもの、夢のカタチ。貴方が許してくれた、僕の姿。〉