世界は思いの外優しくて

[ 泣いてしまいそう(泣いても良い?) ]



「大丈夫か?」

 風邪を引いたそうだが。

 ノックの後、這入ってきた真田先輩は一言目にそう言った。
 大丈夫です…、と言いながら起きようとすれば、寝ておけ、と些か乱暴に突き飛ばされてベッドに戻された。
 優しさが見当たらないです…先輩…。

「ケホッ…」

 大丈夫ですと言った手前、頑張ってそれらしい所を見せないと、と意気込むものの、それは一つの咳で無意味に終わる。

「最近は気温の上下が激しかったからな」

 真田先輩はそう言うと、何時も嵌めてる革手袋を外して僕の額に宛がってくれた。

「つめた…」

 意外にも、なのか、見た目のまま、なのか、先輩の手は冷たくて、茹だるような熱に苛まれている僕には有り難かった。
 けれどやっぱり人の手。
 直ぐにその効果は切れた。

「冷えピタでも持ってくるか」

 真田先輩は僕の熱を吸い取って熱くなった掌を自分の額に当ててそう呟く。
 人を看病する真田先輩という図が何だか可笑しくて、そしてその様子が可愛くて、クスリと笑えばその瞬間、気が緩んだのを見逃さなかった咳がいっぺんに襲ってきた。

「ゲホ、グ、ッくぅ…!」

 背を丸めて遣り過ごそうとする。
 先輩に染らないように布団の中に逃げ込めば、少しして背を撫でてくれている感触が伝わって。
 咳の合間に、聞こえた言葉。

「溜め込むな。遠慮は要らない。お前が辛くなくなるのなら、いくらでも俺が引き受けてやるから」

 その声はとてもとても優しくて。
 咳に喘ぐ所為と先輩のその言葉に、涙が出た。





 ここまで悪化したのには、理由があった。
 …いや、理由と言うには自分勝手な思い込み。
 そうと今なら分かるのに。

(先輩に心配させちゃいけない)
(タルタロスに行かなくちゃ)
(何時も通りに笑って、授業を受けて、みんなと喋って)
(体調管理を怠るなって、先輩に言われちゃう)
(嫌われちゃうかな)
(…嫌だな)
(大丈夫…まだ我慢できる)
(薬を飲んでおけば、そのうち…)
(だい…じょう、ぶ……)

 学校で倒れたのだと、寮で目覚めた時に聞いた。
 もっと早く言ってくれと桐条先輩は何処か哀しげにそう言った。
 あぁ僕の頼りなさに落ち込んでるんだと思った。
 心配したじゃない!、とゆかりに言われ、大丈夫…?、と風花に聞かれ、早く治せよーと、順平に笑われた。
 それが酷く情けなくて、リーダーなのにと泣きたくなった。
 あぁ先輩は何を言うだろうと怖かった。
 けれど先輩は、僕を責めるような事は、一つだって言わない。
 それどころか。

「美鶴がな、心配していたぞ。お前にばかり責任を押しつけて、先輩なのに気付いてやれなかったと悔いていた」

(そんな…美鶴先輩は、凄く僕の事を気に掛けてくれてるのに…)

「岳羽も山岸も、今はお前の為に粥を作ってる。主力は岳羽だから、まぁ味はそこそこ安心して良いだろう。順平は買い出しに率先して行ってたな」

(みんなが…僕の為に)

「そして俺は、お前の見舞いだ」

(先輩…)

「お前は頑張りすぎる。自分一人でな。俺達を頼る頼らないはお前の選択に任せるが、俺としては頼って欲しいというのが、本音だ」

 そう言って、真田先輩は僕の額に自分の額をそっとくっつけた。

「…覚えておけ」

 酷く優しげな声は、耳朶に心地よく響く。

「俺はタルタロスでシャドウを倒すよりも、鍛える事よりも」

 心地良すぎて…。

「お前が元気でいてくれさえすればそれで―――…」

 思考も視界も、歪んでいく。





 あぁまた熱が上がったみたい。
 先輩の所為ですよ。
 嬉しい事ばっかり言ってくれるから。
 だから、ねぇ。

(この風邪が治ったら、先輩、僕の願い事、叶えてくれますか?)

 その心の中で呟いた言葉に返事があったように思ったのは、熱の所為、だったのかな。

(…ね)

 先輩。





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 20100401
〈好きですと、形振り構わず言ってしまいそうなくらいに、貴方のことが大好きです。 〉





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