燃ゆる火は何を想い出してか
[ 楔 ]泣き声が聞こえる。
ゴォゴォと燃える炎の中、それは
誰だ?
誰だ?
燃えているのは孤児院だ。
聞こえる泣哭なきごえは聞いた事のある声だ。
誰だ?
誰だ?
誰が泣いてる?
(まさかまさか)
何故だろう。
記憶と違うんだ。
「…ッ離して!」
大人の手を振り切ろうとしている子どもも。
『――――』
炎の中から聞こえる声も。
どちらもが、間違ってる。
(どうして)
どちらもが知っている声なのに。
本当にあった記憶と違うんだ。
(どうしてどうして)
「離してッ…」
『――――』
「離してよぉ…!」
『――――』
(どう、して?)
「お兄ちゃんがぁ…っ!!」
『――――――』
どうして、こんな夢を見ているのだろう。
どうして。
こんな悪夢を見てるんだ?
どうしてどうして。
(そんな白昼夢を見たのだろう)
…いや、本当は知っている。
疑問を挟む余地もない程、明確に答えを知っているんだ。
頬杖を突き、窓の外を見る。
教室の窓から見える景色なんてたかが知れているのに、熱心に見ていると傍から見れば思われただろう。
どうでも良い。
元より俺に興味を抱く奴なんて殆ど居ない。
例え持たれていても、どうでも良い。
俺には関係ない事だ。
そう言ってしまえば世界の殆どが俺には関係なくて、それでも成り立っているから一体自分は何の為に生きているのだろうと思わないでもない。
だからといって世界に組み込まれている一部分であるにはあるので、多分そういった連なりで世界は脆く成り立っているのだろうと穿った見方をしてみる。
皮肉にもならない卑屈な考え。
そんな自分に構わず嘲笑を投げかけ、一瞬にして消す。
そうして想い出したのはあの、例の、夢。
(……どうしてだ)
今更だ。
もう何年も前の事。
住む場所を変え、名前すら変えた俺達。
家族も変わり、環境も変わった。
なのに、何の関係があるだろう。
あの日からもう逃げても良いじゃないか。
背を向けても良いだろう?
受け止めるには幼かった、けれど今ならもう抱え込めるから。
(自分の無力さも、どうしようもなかったと諦める事も)
それは多分哀しい事なのだろう。
理屈で波立つ心を平らにしてしまえるようになった事も。
熱い感情の上に醒めた感情を上書きしてしまえる事も。
あの日を忘れようと努力する事だってきっと。
(過ぎた事だ。もう、昔の事なんだ)
なのに何故。
忘れられない。
(……知ってる)
窓の外。
それはある。
理科かホームルームの時間に、確か俺達もやったはずだ。
育てる事で何を学ばせようというのか、全く理解しないまま、めんどくさいな、でもやらなきゃ、と義務感で手を泥だらけにした理由が、其処に。
「……でっかくなりやがって」
太陽を向く其れは、それしか目に入らないと言わんばかりに空ばかり向いて、移動すればちゃんと首を動かして見続けている。
そういうものなんだと、教師が言ってたっけ、と想い出したのは、きっとその頃は真面目だった証だろう。
「…………はっ」
空に君臨する太陽を、欲しいと言わんばかりに、見方を変えれば睨み付けているようにも、崇め奉っているようにも見える地上の太陽。
他のものなど目に入らない。
入れない。
なんて傲慢で従順、よく言えば、純粋。
「馬鹿みてぇ」
暴言を浴びせかける。
けれどそれは、透明な窓に跳ね返されて自分の元へ返ってきた。
その滑稽さに笑って、でもやっぱり続かない。
無表情で、でもきっと、睨み付けるように。
俺はそれを見続けていた。
それは多分、白昼夢の続きに、なった。
手に入らないのに。
もう、二度と、この手には出来ないのに。
なのにあいつは同じものを守ろうとしている。
大切な者、なんて漠然とした想いじゃない。
あいつが抱えているのは、守れなかった存在そのものだ。
そのままだ。
(だから馬鹿だってんだ)
前を向く。
力を付ける。
そんな自分を見ていてくれと、
あぁ、と頷いてやったのに、なんだその体たらく。
(お前は何を守りたいんだ)
(お前は何がしたいんだ)
(お前は今、何処にいる?)
此処に居ない気がして気が気じゃねぇよ。
なぁお前何時までほっつき歩いてんだよ。
いい加減ちゃんとしろよ、前を向け。
お前が言ったんだ、俺に見てろって。
見てんのに、傍にまで付いてきたのに、肝心のお前が何やってんだよ。
なぁそろそろ良いだろう?
忘れたって許されるよ。
忘れなくても、思い出としてしまえば良い。
お前馬鹿なんだからさ、難しく抱え込むなよ。
空ばっかみてんじゃねぇよ。
どっかの植物みたいにさ。
探してンじゃねぇよ。
もう還ってこねぇもんをさ。
だからだから、アキ。
(もう俺に夢を見させるな)
つれぇんだよ。
お前の望みを映した夢を見続けるのは。
20100712
〈それほどに、あいつは亡くし過ぎたのか。〉