銀の鳥を見守り続けた男の話

[ 三つ子の魂百まで ]



 雨の日は流石にあの場所に居る事は出来なかった。
 力が抑えきれず、犠牲を出したあの場所。
 忘れる事は出来なかった。
 忘れる事を許さなかった。
 真実は揉み消され、偽りの事実が世界を蔓延っても。
 荒垣だけが、あの日の真実だった。

(…よく降ってやがる)

 窓の外を見る。
 此処からでは見えないあの場所。
 全てを振り切り破り捨て身一つであの場所に陣取った。
 その為に、二度目の家族を悲しませ、一人の少女の心を痛ませ、一人の少年の心に傷をつけた。
 全て全て、己の未熟さが成した事。
 だから。

『…行くな、シンジ』

 悲痛な顔。
 二度目だ。
 一度目は、…そう。
 施設を荒垣が先に出る事になった時。

『シンジ』

 泣き虫は治ったと思っていた。
 あいつの妹が死んだ時。
 強くなるんだと誓った時。
 誰かをその手で守った時。
 ずっと傍に居たのは、荒垣だったから。
 その過程も、ずっと眺めてきたのだから。
 だから、治ったのだと。
 なのに。

『…シンジ』

 鳥が事切れる時に出す鳴き声のような声。
 重なる小さなあいつと大きなあいつ。
 あぁ変わっていなかったんだと。
 違う、俺が戻してしまったんだと。
 心の中でそっと思いながら。
 荒垣は、静かにそれを受け止めた。
 受け止めて、ただ、それだけだった。
 荒垣は振り返りもせず施設を、そして寮を、出たのだ。

(……あいつ、今でも)

 と、ふと考えて、頭を振る。
 馬鹿な、と己の考えを嘲った。
 雨が降っているから、なんて理由にもならない。
 …ならない、筈だ。

(きっと馬鹿みたいに笑ってんだろ)

 きっと、そうだ。
 もう昔のあいつじゃ、ない。
 そう言い聞かせて、荒垣は目を瞑った。
 心を波立たせながら、それを、無視して。





 施設に居る頃、雨の日は何時もぴりぴりしていた。
 何が理由かは知らない。
 雷の有無も関係ない。
 雨。そして、夜。
 それらが揃えば最悪だった。
 眠れなくなる。
 明日は寝不足決定だ。
 それでも荒垣は起きていた。
 ぴりぴりしながら。
 起きていた。
 寝静まったその時だって。
 何時だって手を握れるように。
 大丈夫だと、言えるように。

(だって雨が降れば、あいつが、泣くから)





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 20090929
〈そうして、守っていく筈だったのに。〉





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