いつかキミに語った嘘について

[ 手放せない片割れと居る為に手放したものの形にそれは似て。 ]



「嘘だったんだ」

 突然の告白は、白い白い壁に溶け消えた。
 そう言った彼は頬杖を突いたまま音もなく砂嵐を映すテレビ画面を見続けて。
 それを聞く彼は無表情のまま、薄い白雲が空に棚引く様を窓越しに見続けた。
 白い空間。
 交わらない視線。
 それはまるで、彼等の心象風景。
 もしくは、彼等の関係、そのもののような。
 響かず、そして(こだま)せず、ましてや僅かな反応すら得られなかった空虚な告白は、けれどなかった事には出来なくて。
 そうするつもりも、また、なくて。

「けれどあの時の僕にしたらきっと、何よりも真実だったんだ」

 だから許せと、そう言う話ではないんだけど。

 言った彼は、緩やかに瞬きと呼吸をし続ける。
 その嘘でもたらされた悲惨な結果を詫びるでもなく、その告白で一人の人間の運命を否定したという気負いもなく。
 ただひたすら、穏やかに。
 聞く彼もまた同じように時を過ごした。
 言う彼が加害者なら、聞く彼は被害者だったのに。
 僅かな動揺もその表情には表れず、真実、心には波紋一つとして広がる事はなかった。
 それは多分、言う彼が謝らなかったからだ。
 口先だけの謝罪など要らない。
 心からの謝罪なんて以ての外。
 謝るという事はつまり、自分がした行為を悪いと思ったという事だ。
 今更そんな懺悔など要らない。
 後悔を拭う為に謝罪し許されたいと願う人間を許す事など、到底出来る筈がない。
 ならば最初からしなければ良かったんだと罵る自分が目に浮かぶ。
 罵るだけならまだ良い。
 恐らく、それだけでは済まないだろう。
 だから。

「……そうか」
「うん」

 白い空間は白いまま。
 その事に安堵して、聞く彼は空を見続けた。





『こわしちゃった』

 子どものような言葉だった。
 子どものような笑顔だった。

『……は?』

 なのにぞくりとしたのは、彼が持つ不均衡な精神を知っていたからだったのか。

『ううん。こわれちゃったのかな』

 分かんないや、と首を傾げて笑う彼の後ろには、バラバラの人形。
 手足をもがれ、胴体は折られ、頭は潰されて。
 そして。

『お前…なに、言って…――』

 広がる人形の長い髪は。

『―――』

 艶やかな、濡れ羽色。
 それ、は。

『あの子も、綺麗な黒髪だったね』

 耳元で囁かれた言葉。
 口元には、狂気の、笑み。





 見詰め続ける窓の外。
 不意に飛んできた小鳥が木に留まって俺をじっと見る。
 あいつのような翠の目だと気が付いて。
 手を伸ばしたら触れられる事に気が付いて。
 窓を開けようと鳥を見詰めたままクレセントに手を伸ばす。
 届かない。

「?」

 小鳥から目を逸らす。
 手が彷徨っていた場所を見る。
 其処に、三日月はあった筈なのに。

(……あぁ、そうか)

 腕が身体の脇にぶら下がる。
 小鳥はそれを見たように、哀しげに瞬きをして、嘴を開いて、一声だけ啼いた。
 聞こえないのに、聞こえた気がした。
 その幻聴の中で鳥が空に舞い上がる。
 遠く遠く飛び去って、蒼に吸い込まれていく。
 それを最後まで見送った。
 カラン、と背後で音がした。
 テレビ画面を見続ける彼の頬杖を突く手から、何かが毀れ落ちた音。

「……なぁに?」

 見てもらえた事を喜ぶような、天使の笑顔。





 テーブルには、堕ちた、三日月。





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 20100901
〈守る為だと手放した。でもそれは、どっちを守る為だったんだろう。〉





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