七つの大罪

[ 喜んで僕は罰を受けよう ]



 二月最後の日。
 その日が俺の誕生日だった。
 けれどその日を特別だと思った事はない。
 普通の日と同様、普通に過ぎていく。
 誕生日だからという意識も、あまりない。
 俺は誕生日(その日)と無縁に生きてきた。
 カレンダーにその日が何であるかを書き込んだ事はないし、父もその日が何かを言い当てた事はなかった。
 おめでとうもありがとうも、知らずに俺は生きてきた。
 それを悲しむべきなのか、もう良くは分からない。
 誇る事でない事だけは確かなんだけど。
 兎も角二月最後の日。
 その日が俺の誕生日だった。





  happy





(さむ…)

 不意に寒さで眠りから覚めた。
 最悪だ、寒くて起きるなんて。
 でもまだうとうとしてる状態だったから、寝ようと思えば寝られる。
 よし寝よう。
 このまま寝よう。
 今日は日曜日。
 学校もない、仕事もない。
 誰も何も困らない。
 俺が起きなくて困る事なんてない。
 よし。
 寝よう。
 そう、思ったのに。

「…布団引っ剥がしてもまだ寝る気かこんにゃろ…」

 第三者の声が、聞こえた。
 いや、この部屋には俺しか居ないから第二者とでも言うべきなのか?
 でもそんな言葉聞いた事ないし…ッてそれは良い!

  ガバッ

 起きた俺の視界に入ったのは。

「ば、バクラ!」

 お、よーやく起きたか、と片手を上げて俺のベッドに乗り上げていたバクラは、俺が丸まっていた筈の布団をどうやってか器用に取り上げたらしく、もう片方の手で引きずり下ろしていた。

「返せッ」

 まだ寝るんだ!、と主張する俺に、バクラは呆れたような溜息を吐いた。

「てめぇ此処で普通だったら『どうやって入ったんだー』だの、『何で来たんだー』だの、言う事あんだろ。それが言うに事欠いて『まだ寝る』? ふざけんなばーか」
巫山戯(ふざけ)てないよ! 真剣に寝たいんだ!」
「真剣なら尚悪いわ! オレ様が折角こんな朝早くから来てやってんのによぉ!」
「折角ってなんだ! 頼んでないだろ!」
「あーそんな事言うのはこの口かコラ!」
「わ、止めろ! ちょ、バクラ…!」

 ―――なんて口論を少しばかりやった後にはもう眠気は遙か彼方。
 バクラの為では決してなく、俺はしょうがないから起きる事にした。

「…で、なんで来たんだ」

 むす、と何故かバクラの分の朝ご飯も作りながら俺はリビングのテーブルに着き、頬杖を突きながらテレビを見るバクラにそう聞いた。
 ら。

「ちげーだろ」
「は?」
「その質問の前に、『どうやって入ったんだ』だろーが」
「…………」

 そこに拘る事に何の意味があるんだ。
 誰か教えてくれ。
 と思ったが、こいつと喧嘩するのは体力と精神力が無駄に要る。
 俺はもう疲れたくなかったから、大人しくその言葉通り聞いてやった。

「ドーヤッテハイッタンデスカー」

 素晴らしい棒読み具合だ。
 けれどバクラはそれに気付いた風もなく、普通に返して来やがった。

「玄関から」

 持ってるフライパンが自動的に空中に舞おうとしていた。
 聞けと言うから聞いたのになんだその仕打ち。
 怒りを通り越して、何だか泣きたくなる。

「…そ」

 兎に角落ち着こうと、若干持ち上がったフライパンの所為で形が少し崩れたスクランブルエッグを整える事に集中した。
 暫くの間は、ガスが燃える音、換気扇の音、卵をかき回す音、テレビの音。
 そんな雑音とも言えない音が、絡まっては朝の空気に散らばっていく。
 それは何処か写真越しの風景に似ていてなんだか綺麗で、でも少し、寂しい。
 だから俺は焦るように喋り出した。
 そんな空間を享受するくらいなら、さっきみたいな苛つく一秒前みたいな空間の方がマシだと思った。

「何で、来たの」

 その声は意外に小さくて、自分でも吃驚して、次にその声がさっきの音に負けてしまうんじゃないかと恐怖した。
 バクラに届かない。
 こんなに近くに居るのに。
 綺麗な景色に溶けてしまう。
 そんなのは、嫌なのに。
 けれど。

「たんじょーびだから」

 ちゃんと、聞こえた。
 聞こえていた。
 俺の声は、バクラに。
 ひらがな発音の言葉を理解したのはそう安堵した後で。
 そして。

「…な、なんで…」

 理解した後は、また別の意味で恐怖した。

「なんで知ってるかって?」

 バクラの視線は、まだテレビに向いたままだ。
 此方には向かない。
 眉間には、皺。

「恋人の誕生日知ってンのが、そんなにも意外かよ」

 声には、トゲ。

「そりゃそーだよなー。お前、教えてくれた事なかったもんな」

 と、寂し、さ。

「…知りてぇと思うのが普通だろ。祝いたいと思うのが普通じゃねぇか。好きな奴の事なら、尚更だろ」

 不機嫌に、顔を顰めながら、そんな事を言う。
 それは、〈普通〉を知らない俺にも、ズキンときて。

「……ごめ…」

 ん、と言おうとしたんだけど。

「つー訳で、お前有罪」
「…は!?」

 投げ出すような突然の言葉に、最後まで言う事なく俺は驚きを露わにした。

「有罪だ有罪。七つの大罪だ」
「な、七つの大罪?」
「そーそ。俺に誕生日教えなかった罪。俺に誕生日を隠した罪。俺を誕生日に家に招かなかった罪。俺が誕生日を祝ってやろうとしたのに寝ようとした罪。俺よりも布団を優先しやがった罪。後は……まぁ良い、兎に角お前、有罪」

 ちょ、待ってそれって違う。
 何個か足りないし!

「七つの大罪って、傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲っていう、キリストの…」
「どーでも良い」
「おいッ」
「兎に角お前は有罪。決定。閉廷!」

 な、なんなんだこいつ。
 兎に角頭に浮かぶのはそれだ。
 でも。

「有罪、か」
「そー」
「…そっか」
「あぁ」
「ありがと」
「…おー」
「うん」

 ありがと。





 なんて、良い感じになった時にスクランブルエッグはとっくに焦げていて、食べる気にもなれない程だったから、しょうがなく朝ご飯はトーストとジャム、コーヒーになった。
 バクラはそれでも文句を言わなかった。
 スクランブルエッグ、好きなのにね。

「で。バクラ」
「あ?」

 正面に座るバクラに視線をやれば、もうこいつはテレビなんて要らねぇとばかりにテレビにそっぽを向いていて、それがなんだか可笑しくて小さく笑えば、なんだよ、と拗ねられた。
 ごめんごめんと言って、聞く。

「有罪って判決だったじゃないか」
「あぁ」
「なら、刑は?」

 聞いてみたかっただけだ。
 聞いて叶えられそうもなければ聞かなかった振りをすれば良い。
 聞いて嫌だったらまた喧嘩でもしよう。
 そう、思ってた。

「今日一日、オレのもん」

 叶えてあげようと、思った。





 今日は二月の最後の日。
 取り敢えず晴れてはいたけど、やっぱり寒い。
 そして、何時もはそんな感想で終わっていた今日という日。
 違った今年は、なんだか宝物みたいに輝いていた。
 そんな日が、俺の誕生日だ。





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 20100228
〈「って言うか七つの大罪に全部当てはまってんの、バクラじゃん」―――なんて言葉は、見事に知らんふりされました。〉





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