不可思議な話
[ にゃー ]猫。
が、いた。
何故か俺の家の前に。
白い毛で毛並みはよく、眼は珍しい事に藍。
気が強そうで気高そうな高慢な猫だと思った。
つまり、あいつみたいに。
しかし以外にもミルクを与えたら飲み、パンを与えたら少し食べた。
「どっから来たんだ? お前絶対良いとこで飼われてたんだろ?」
顔を近づけて聞いてみるが、返事は無い。
当たり前だが。
それでも俺は続けて話しかけた。
「お前名前は何てーの? せと、だったら笑えんだけど」
にゃー。
猫が鳴いた。
「……今の返事? …せと?」
にゃー。
再度猫が鳴いた。
「………そっか、せとか」
俺が好きな奴の名前と同じーと言ったら引っ掻かれた。
その返事はお気に召さなかったようだ。
その仕種すらあいつのようで。
「せとー。俺あいつに会いたくなっちまった」
だから、と。
「お留守番しててくんね?」
今日は親父帰ってこないから安心だぜ、と猫に言う。
にゃー。
まるで拗ねるように頭突きをかましてきた。
痛くは無いが、くすぐったい。
「ごめんって。でも行くんです」
愛しい人の処へ。
お前も好きだぜ?、と頭を撫でれば大人しくなった。
「じゃ、行ってくるわ。大人しくして待ってろよ」
もう一度撫でて靴を履き、見送る為か玄関にちょこんと座ったせとを見て。
「行ってきます」
そう言えば。
にゃー。
いってらっしゃい、という風に鳴き声が一つ。
それに機嫌を良くして、今から行く人の携帯に電話をかける。
「あ、海馬? 今からそっち行くから」
案の定暇ではないと怒鳴られるが、待ってろよと言い置いてさっさと切った。
意外と優しい恋人は、こうされると追い返せないのを知っている。
「あいつんとこ行ったら、あの猫の話してやろ」
きっと不機嫌そうに顔を顰めるだろう。
想像してくくっと一人笑った。
そして家に帰ると猫はいなくなっていた。
全ての窓とドアの鍵を閉めていたはずなのに。
残ったミルクとパン屑だけが、猫がいたと微かに告げていた。
それ以来俺は猫を見かけると注意して見るようになり、あの猫を見つけようとした。
けれど、近所のどの家にもそんな猫はおらず、また、野良猫の中にもいなかった。
あれから三ヶ月経った今でも、俺はあの猫を見つけられないでいる。
20090703
〈「せといねーの」「……俺は此処にいるが?」「ちげーよ。猫の方」「………」「何処行ったんだろうな、せと」「………」「せとってすげぇ可愛かったんだ。みゃあみゃあ啼いてさー」「……貴様」「ん?」「わざとか」「何が?」〉