想いを貫けたのなら死にますか

[ 死亡理由が書けません ]



 人間何時かは誰だって死ぬ。
 それこそ身分や年齢、性別に関わらず。
 だからさ。
 何時死んだって良いように、自分勝手に生きようぜ?
 死ぬ時に「やっときゃよかった」なんて言葉を吐かないように。
 今この時、自分のやりたいように。
 多少疎まれても。

「後悔なんて、したくねぇからさ」





  Yes or No





 何の間違いか、何処かで頭を強打したか、さもなければ狂ったか。
 まぁ、どんな理由でも良い。
 兎に角その男は確実におかしかった。





 深夜遅く、オレは帰宅した。
 カチリ、と鍵を開け玄関に入る。
 と、明らかにオレの物ではない、泥で汚れ使い古されたスニーカーが何故か其処にあった。
 見れば、リビングの電気が点いている。
 本来ならば泥棒かと思う所だが、オレは単に顔を顰めただけに留めた。
 そして靴を脱ぎリビングへと向かう。
 泥棒かもしれないという考えは、全くと言って良い程ない。
 何故なら、そのスニーカーを履く人間に心当たりがあったのだ。

「あ、お帰りー。コーヒーいる?」
「………何故貴様が此処に居る」

(やはり貴様か…)

 溜息を吐き、オレは背広を脱ぎながら言葉だけ男に向ける。
 此処、とは、オレが先月から借りているマンションの一室だ。
 勿論広さは一般のマンションの比ではない。
 ドサッと少しの加減もなくソファに座るが、不自然な程軟らかいそれは、難なくオレを受け止めた。
 その時、いるともいらないとも言わなかったコーヒーを差し出された。
 「いらん」と言うのも気が引けて、渋々受け取る。

「掃除係兼身の回りの世話係だから」

 いきなりの言葉に一瞬何の話か分からなかったが、先程の答えなのだと思い付く。

「頼んだ覚えはないが?」

 向かいに座った男に不機嫌そうにそう言った。

「うん、頼まれた覚えも無いな」

 悪気もなく笑って、男はコーヒーを一口含む。

「……モクバが心配してたからさ、んじゃオレが様子見てきてやるよ、って」
「………」

 先月此処を借りてから、殆ど家に帰っていない。
 急ぎの仕事が入って、此処と会社を往復する毎日だ。
 モクバと一ヶ月以上離れるのは、数年ぶりかもしれない。

「…モクバは」

 ぽつりと小さく呟いたそれを、男は聞き逃す事なく答える。

「元気そうだぜ? …そりゃ、寂しそうじゃないとは言わねぇけどさ」

 その言葉の中に、軽く責めるような響きがあった気がして。

(そんなもの、オレの気の所為でしかないのだけれど)

「偶には帰ってやれよ。仕事が忙しくてもさ」

 分かってる、という言葉は、オレの口の中で情けなく消えた。
 帰らなければと何度も思った。
 けれど極度の疲れを訴える体はそれを許してくれない。
 その上オレは、モクバが許してくれると知っているから。
 どんなに待たせても離れても、帰った時モクバは笑ってただ「お帰りなさい」と言うだけだと。
 オレを非難する事も怒る事もないと。
 そのモクバの優しさに甘えてる。
 情けない事だと、微かに自嘲した。

「…ところで、貴様は何時まで此処に居るつもりだ」

 束の間意識の外に出していたその男は、何時の間にやらテレビを点けていた。

「ん~? いや、一応お前の顔見たし、もう帰っても良いんだけど…」

 食い入るように画面に目をやったまま、男はオレからの質問に答える。

「前から遊戯達が面白いって言ってたドラマが、そういや今日でこの時間帯だなって思い出したからよ。それ終わるまで」
「何故オレの家で…」

 言いかけた言葉を、途中で止める。
 そう言えばこの男は一般の生活水準よりも低い生活を送っているのだったと思い出し。

「………今日だけ、だ」

 自分に言い訳するかのように、男に聞こえもしない声量で呟いた。





 途中から見たので話の内容やらは曖昧ではあるが、取り合えず生と死がテーマになっているのは理解できた。
 しかし。

「…くだらんな」
「そうか?」

 今までずっとオレに背を向けていた男が、唐突に振り返った。

「オレ的には結構感動できると思ったんだけど」
「…生憎オレには死に対してそれ程恐怖がある訳ではないからな」

 死が近付いてくる事に怯える主人公。
 気を紛らわせようとする友人知人、そして家族。
 それらに対し、当事者じゃないからこの恐怖は分からないだろうと突っぱねる主人公。
 どうしてそこまで、と思う。
 死がオレ達に付きまとうのは誰でも知っている事で。
 唯一、貧富や性別、年齢に関わる事のない、絶対的に平等に訪れる事象。
 先程の恐怖で歪んだ主人公の顔を思い出した。

(そこまで死を遠ざけたいとは、オレは全く思わない)

「あー…海馬って明日死ぬって言われても、そうか、で終わりそうな気がする」
「…そうかもしれんな」

 モクバを遺す事に罪悪感を抱きはするだろうが、無理矢理生にしがみつく事も死を遠ざける事も、きっとオレはしないだろう。

「何か無いわけ? これはしなきゃ死ねないってヤツ」

 言われて、暫しの間考える。

「……強いて言えば」
「うん?」
「モクバの結婚式に参加する事、か」

 そう言えば。

「お前ってほんとモクバばっかりだな」

 呆れたように笑われた。

「……貴様は」
「ん?」
「貴様はどうなんだ?」
「オレー?」

 この男に、しなければならないと思わせるものは何だろう。

(……金儲けか?)

 そう考えるオレをじっと見ながら、男は口を開く。
 酷く、楽しそうに笑いながら。

「オレは、海馬に好きになってもらわなきゃ、死ねない」

 つーか死なない。

 そう言い切った男を、今度はオレが呆れたように見た。

(いきなり何を言い出すかと思えば…)

「オレが気付かない間に頭でも打ったのか? それとも発狂でもしたか?」
「ひっでー」

 そう言いながら笑う男の気が知れない。
 …いや、知れなくて良い。

「兎に角ドラマは終わっただろうが。とっとと帰れ」
「聞いたのお前じゃん」

 聞かなければ良かった。
 即効で後悔したが、言うところ、後の祭り、だ。

「何かねぇの?」
「何がだ」

 男を見れば、不満げな顔をしてオレを見ていた。

「ほら、嬉しいとかぁー。な? 何かあるだろ?」
「死ね」

 無愛想にそう言ってやれば、少し拗ねたような顔になった。

「そう言うなよな。一応本気なんだからさ」

 一応って何だ、と思いはしたけれど、如何にも呆れましたと言わんばかりに溜息を吐いて。

「さっき自分が言った言葉を忘れたか?」
「え?」
「オレが貴様を好きになったら死ぬんだろうが」
「え、まぁ、つーかそうしてからじゃないと死ねないって言う事で…」

 シドロモドロになりながら男が言った言葉にニヤリと笑う。

「だったら死ね。もう思い遺す事は無いだろう?」

 オレのその言葉に、一瞬どころか一時ばかし男は硬直した。
 と思ったら。

「え、な、何!? ホント!!?」

 真っ赤にした顔をオレに近付けて来た。

「さぁな」

 答えはもう出ているのに、何故一々に聞くのか。
 やはり馬鹿だ…と思いつつ、喜ぶ姿にオレも何故か心が浮く。





 さぁ、想いを貫けたのなら死にますか?

(答えは、――――No)

 だってこれからが楽しいんじゃないか。





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 20061105
〈人に疎まれてもちょっとゴーインに自分の道を走っていたい。たった一度の人生だもの。〉





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