予想以上に最悪

[ bad boy / serial number 02 ]



 気付かなければ以上も以下も無く。
 それはきっと大して認識もされなかっただろうに。

(そう考える事自体、気休めなんだけど)





  慕情浪漫





 それはいきなりの話だった。

「はぁ? オレが!?」

 本気か?、とオレは向かいに座る相手の顔を、モクバをまじまじと見詰めた。

「冗談で城之内にこんな事言わないぜぃ」

 対し、呆れたようにモクバがそう言う。
 それもそうか…、と思いはしたが。

「なぁんでオレ?」

 イマイチ其処が分からない。

「お前だってオレとアイツの関係知ってるだろうが」

 気が合わない、なんてレベルじゃない。
 犬猿の仲。
 水と油。
 目の敵。
 兎に角、性格やら考え方が全くと言って良い程違う。
 オレはアイツを好きになれないし、アイツはオレを毛嫌いしてる。
 最悪な組み合わせじゃないか。
 それは、アイツの弟であるモクバだって知っている事だってのに。

(つーか既にシューチのジジツってヤツだけど)

 うんざりした気持ちでそう心の中で付け足した。

「勿論知ってるぜぃ。何度兄サマからお前の愚痴を聞かされた事か…」

 はぁ、と態とらしくモクバは溜息を吐いて言った言葉にオレは喰い付いた。

「愚痴ぃ!? 何でアイツに愚痴言われなきゃいけねぇんだよっ!」

 それ程近い関係でもないし、大体最近学校にも来ねぇから見かけてすらいねぇのに。

(愚痴だって? 巫山戯(ふざけ)んなよ!)

「いや、昔の事だぜぃ? 特にバトルシティの時は凄かったなぁ」

 感慨深げに空中を見詰めてしみじみと呟くモクバ。
 ……何て言ってたか、ちょっと気になったり。

「…アイツ何て愚痴ってたんだ?」
「確か、実験ネズミ風情が何故、とか、凡骨の声は大きくて耳障りだ、とか、顔を見ただけでむかむかする、とか、何で心臓停止が確認されたのに生きてるんだ、とか、非ィ科学的すぎて笑う気にもならんわって言って、笑ってた」
「笑ったのかよ」

 一応そう突っ込む。
 って。

「だったら尚更オレじゃダメじゃねぇか」

 顔見ただけでむかむかするって、それってどうなワケ?
 というか、意外と凄い言われよう。
 いや、オレも似たような感じだけどさ。
 どうも、アイツと関わって良い事無いってのがオレの中で常識となりつつある。
 特にあの、DEATH-Tがまだ尾を引いてるから。

(…分かってる)

 あの時の海馬と、今の海馬はもう違うって。
 でもやっぱり、最初のアレはインパクトが強すぎた。
 今でも夢に見て飛び起きるもん、オレ。

「他の奴に頼めって。こればっかしはオレじゃ務まんねぇよ」

 話が進むにつれ、此処に来たのが悔やまれた。
 来て欲しいと電話口で頼まれた時、無理だって断っときゃ良かった。
 けれど、まさかこんな話だとは思わなかったんだ。
 自分にそう言い訳して、外と中を区切るガラスから空を見た。
 ―――ったく。

(良い天気じゃねぇか)





 今オレは、モクバに呼び出されて某赤毛のピエロを象徴とする飲食店に来ていた。
 本当はバイトがあったのだが、遅れると連絡して。
 それはモクバが「絶対に一人で来いよ!」とオレを呼び出した時、念を押した為だった。
 重要で大切な話なら、ちゃんと聞かなきゃいけねぇって思ったから。
 けれどその内容が。

「海馬のお守りなんて…」

 明後日からイギリスに出張に行くモクバの代わりに、海馬を見てくれという事だった。
 モクバが言うには、今回の出張は元々海馬自身が行く予定だったらしいが、モクバが其処でしたい事があるとかで急遽モクバが行く事になったのだと。

「頼むよぅ、城之内~。オレが行ったら兄サマが自分の事を省みずに仕事しても、止める奴誰もいなくなるんだもん。誰かが兄サマを止めなきゃ、絶対オレが帰ってくるまでずっと徹夜って事も有り得るんだから!」

(……一体どんな生活を送ってるんだよ、アイツ)

 考えてみただけでもゲンナリしてしまった。

「だったら磯野さんにでも頼んだら? つーかお前に言われたって言えば、海馬誰にも逆らえないんじゃねぇの?」

 暗にオレじゃなくても…と言うが。

「甘いな、城之内」

 フフン、と何処か兄に似た態度でモクバは笑った。

「家の召使やSPが、兄サマの言葉を『オレが言ってた』ってだけで背けるとでも?」
「……無理だな」

 第一、その海馬に雇われているという時点でダメだった。
 だから、とモクバは言葉を続ける。

「お前が必要なんだってぇ」
「……そうだ、遊戯は?」

 そうそう、何で今まで思いつかなかったんだろう。

(遊戯なら―――)

 自分の思いつきに気分を良くして嬉々としてモクバを見るが。

「―――却下」

 にべも無かった。

「なんでだよー。遊戯だったら海馬の扱いもお茶の子さいさいだろうし」

 不満げに唇を突き出すオレに、モクバは出来の悪い生徒に言い聞かせるように言った。

「あのな、よく考えろ。遊戯だぞ? あの、遊戯だ。兄サマ、表の遊戯苦手みたいだし、もう一人はオレが許さない」
「何で?」

 海馬が表の遊戯を苦手とするのは良く分かる。
 モクバに似ているからだ。
 そう考えれば、モクバに似ている遊戯の方がこの役に適任かと思うが。

(それよりも、何でもう一人の遊戯はダメなんだ?)

 首を傾げるオレを、キッとモクバは睨んで。

「絶対、ぜぇったい、デュエルする! 仕事ほっぽりだしてする!! 寝るの惜しんでデュエルしようとする!!」

 だからダメ!!!、と、モクバは息巻いた。

「…ま、な」

 それは否定するのが難しい。
 確かに、〈あの〉遊戯だったという事を失念していた。

「だったら他…他の奴……」
「……城之内」

 頑張って他に海馬を見てくれそうな奴を思い出そうとない頭を使うオレを、モクバは溜息を吐きながら呼んだ。

「他の奴が居るなら最初からそいつに頼んでる。オレはお前に頼んでるんだぜぃ、城之内」
「……だからさ、何でオレなんだよ」

 納得いかないのはその部分だ。
 オレ達の関係を分かっていて、どうしてモクバはオレを選んだ?
 海馬と会って、口論ナシで事が運ぶとは思えない。
 そしたら絶対疲れるし、次の日には嫌になって海馬の家に行かなくなるかもしれない。
 オレを頼ってくれるモクバには悪いが、オレにはその様子がありありと想像する事が出来た。
 だからどうしてだとモクバに問う。
 何故他の誰でもなく、オレなんだと。
 オレの困惑した視線を受け取って、モクバは小さく笑みを口に象って言った。

「城之内と兄サマは、似てるようで似てないから」
「……何だ? それ」

 困惑は深まるばかり。
 モクバの言った意味が、よく分からない。

「…城之内はさ、自分が何処までなら出来て、何処までいったら出来ないか、分かってるでしょ?」
「え、あぁ…まぁな」

 曖昧にモクバの言葉に頷いて。

「兄サマは、それが分かってない」

 キッパリと、モクバは言い切った。

「仕事とかはさ、完璧。仕事のそういう勘とか要領は、小さい頃教え込まれたから、もう条件反射のように対応できる。―――でもね」

 すっと眼を細めてモクバは言う。

(…その顔は)

「兄サマ、自分の事は、知らないの。限界が分かってない。だから無茶しようと思って無くても、結果的に無茶したようになってしまった事だって、ある」

(笑ってるのに)

「兄サマには、自分を大事にする余裕なんて、ずっとずっとなかったから」

(どうして、悲しんでいるように見えるのだろう)

「…ねぇ、傍にいてやってよ、城之内。オレが帰るまで、兄サマを見てて。倒れないように」

 お願い、と真剣な顔で言われて。

「…………わぁったよ…」

 此処まで言われたら、腹を括ろうと思った。





「……しっかし、本当に大丈夫かぁ…?」

 モクバがイギリスに発った次の日、オレは時間通り海馬の家にやってきた。
 モクバが話をつけていたのだろう、直ぐに門は開かれ屋敷に入れてもらった。

「えっと、海馬が起きる事を確認したら良いんだったよな」

 そう確認しながら、海馬の部屋がある階の階段の所でじっと立つ。
 あー、そういや海馬の部屋に入んのって初めてだなぁ。
 やっぱり最初は一応ソフトに対応しといた方が良いんだろうか。
 やるって言った手前、頑張ってみるけど、どうも無理っぽいよな…。
 なんて事を考えていると。

「あ、アラーム鳴り始めた」

 しかも結構な音量だ。
 海馬の部屋から遠い此処でそう感じるのだから、耳元で聞いている海馬はさぞ煩いと思っているだろう。

(そろそろ行った方が良いのか?)

 そう思いつつ、まだ往生際悪く躊躇って階段から動こうとしなかったのだが。

「………って、何時まで寝てんだよ!?」

 軽く二分は経過したぞ?
 この音量でまだ起きてないのか?

「ったく! オレは人間型目覚まし時計じゃねぇぞ!!」

 一応小さく怒鳴って、ドカドカと靴音を鳴らしながら海馬の部屋へと向かう。
 さっき考えていた『やっぱ最初は一応ソフトに…』だとかいう考えは、その時点できっぱり忘れた。
 なんてったって、煩すぎる。
 近所迷惑だ。

(つーか会社行かなきゃなんねぇんだからさっさと起きやがれってんだ! こっちだって暇じゃないっつーの!!)

 心中でそう叫ぶ間に、海馬の部屋に着く。
 そして、躊躇いもせずにドアノブに手をかけた。

  ガチャ

「海馬! 起きてんだろ!? つーかこんなデカイ音でアラーム鳴りゃ誰だって起きるよなぁ!? 何時までもほっといてんじゃねぇ!! うるせぇって!!!」

 怒鳴りながら部屋に入ると、寝ていると思っていた海馬は、ベッドの上でこちらに目を向けて座っていた。

(何だ、起きてんじゃん。だったらアラーム止めろっての)

 けれどよく見ると、時計は床に転がっていた。
 恐らくアラームを消そうとした時に落としてしまったんだろう。
 寝ぼけ眼でぼんやりとオレを見て「誰だこいつ」みたいな目をしてるからには、その考えに間違いないと思う。

(まだ寝ぼけてんのかよ)

 呆れて海馬の名を呼ぼうとした、丁度その時。

「何故貴様がいる!? 不法侵入で訴えるぞこの凡骨がっ!!」

 いきなり海馬が吠え出した。
 しかもその台詞に、寛大とは決して言えないオレはキレた。

「はぁ!? まだ寝ぼけてんじゃねぇの!? こっちはモクバが頼むからワザワザ来てやってんのに!!」
「何を巫山戯た事を…!! ―――………………モクバ?」

 オレの胸倉を掴みかかりそうな勢いだった海馬が、その動きをピタと止めた。
 そして、何かを思い出すかのように空中を見つめて。

「何故凡骨……」

 嫌そうに眉を顰めてオレを見てそう呟いた所を見ると、オレと同じ意見を持ったらしい。
 奇遇だな。
 って、そう言えば海馬、もうそろそろ準備しなくて良いのか?

「…おい」
「何だ?」

 考えに耽っていた海馬に、オレは声をかける。

「オレもまぁバイト行かなきゃいけねぇからこんなに早く起きて此処に来たし、お前ももうそろそろ準備しなきゃいけねぇんじゃねぇの?」
「何っ?」

 海馬が何時の間にかアラームの鳴らなくなった床に落ちている時計を見て顔色を変えた。

「は、早く言わんか馬鹿者っ!!」
「あぁ!? 折角このオレがワザワザ忠告してやったのに…!!」

 やっぱムカつく!!
 しかもオレの存在完璧に無視しやがるし!

「おいっ!」

 一歩も動かないオレを、海馬はちら、と見て。

「五月蝿い。オレは貴様程暇ではないわ」

 そう言い置いて。

「モクバが貴様を選んだのだから、文句は言わん。モクバに言われた事を忠実にこなせ」

 そう言って、部屋を出て行った。

「………モクバ…やっぱアイツ無理! ムカつく!!」

 それが、オレが初めて海馬の家に来た時の、海馬との会話の感想だった。





 けれどそう言いつつも、ようは慣れという奴で。
 三日も経てばオレ達は口論せずにやり過ごす術を習得していた。
 今日で海馬の家に通ってから一週間が経つが、最初の頃と比べたら大きく状況は変わったように思う。
 驚いた事に、海馬と会話する機会もあった。
 その時初めて海馬に家族の話をした。
 正直に言えば、今まで口論しかした事の無かった海馬と、そんな話をする事に戸惑う気持ちはあった。
 でも、「眠れない…」と心細げに言った海馬を放っておく事が出来なくて。
 温かい蜂蜜ミルクを作ってやった。
 それを海馬はちびりちびりと飲んでいって。
 その様子に、妹の面影が被った。
 静香も熱いのが苦手で、よく少しずつ飲んでいたのを思い出して、それを海馬に言うと、海馬は「そうか」と普通に答えた。

(それがなんだか嬉しくて)

 海馬とこうして普通に話が出来るなんて、思った事も無かった。
 それからしばらくの間、オレは家族や学校の事について喋った。
 専もっぱらオレが話し役で、海馬はそれをじっと静かに聞いていた。
 それは会話とは呼べないものだったけれど、その中で、下らないとも馬鹿馬鹿しいとも、アイツは一度として言わなかった。

(それがまた、輪をかけて嬉しかったんだ)

 あの時ほど、海馬と喋った事はないかもしれない。
 たった数十分間の事だったけれど、口論する事も無く、笑い合う事だって出来たあの時間。
 小さく、幸せかもしれないと思った。
 けれどやっぱり終わりはあって、眠気が唐突に襲ってきたのか、海馬の体が大きく傾いた。
 時計を見れば、もう午前一時を回ってて、慌ててオレは海馬に寝るように言った。
 そしてベッドに入らせて。

『ぐっすり眠れよ、海馬』

 無意識に海馬の頭を撫でていた。
 はっと気付いた時にはもう遅く、けれど海馬は嫌がらずに既に微睡んでいた。
 その様子に、いきなりバッと除けるのも気が引けて、暫く撫でた後そっと離した。
 その時オレは初めて知ったんだ。
 海馬の髪がさらさらだって。
 オレの髪みたいに硬くなくって、軟らかくて細いんだって。

(後少し、触っておけば良かった…)

 思わず、そう思ってしまうくらい。

(……嫌ってた筈だったのに)

 いや、そんな生温いものじゃなく、
 毛嫌いしていた、と言った方が正しいだろう。
 会えば口論。
 会わなくても悪口。
 そんな、関係だったのに。

「今となっちゃあ海馬に会いに行くのが楽しいとはね」

 そう自分で呟いて、苦笑する。
 モクバにあれほど嫌だと言ったのは何処の誰だっただろう。
 一生懸命自分の身代わりを立てようとしていた。
 この役目から逃れようと、あんなにも必死にもがいていたのに。
 最近は海馬と朝食をとるまでになっていた。
 一週間。
 たった一週間の出来事だ。
 慣れの所為だろうか。
 それともまた別の……。

「…まぁ、良いや」

 肝心なのは其処ではない。
 今日もちゃんと責務を果たさねば。
 そしてオレはノックもなしに海馬の部屋へ入る。

「海馬ー、起きてる?」
「……起きてる」

 小さく返答があり、海馬が目を開けた。
 覗き込んでいたから分かった、その澄んだ瞳の蒼。
 綺麗でちょっとだけ見惚れて、ん?とある事に気付く。

「…お前、夜更かししたろ」

 すっと目を眇めて海馬を見た。
 目が充血してるし、何より疲れが取れたって顔をしていない。
 あまり寝ていないのが丸分かりだ。
 オレの言葉に海馬は何も言わなかったが、小さく眉を顰めた。
 それは、オレの言葉が余計なお世話とか思っているんじゃなくて、多分モクバの事を考えたのだろう。

(あぁ、心配させたくないワケね)

 ったく、弟の事は気にかけるくせに、自分の事は顧みねぇのな。
 モクバの事を思うその十分の一でも自分の事を考えれば良いのに。
 本当にそう思った。
 きっと、海馬が倒れたらモクバと同じくらいオレは心配すると思う。
 もしかしたら、説教までしてしまうかもしれない。
 モクバに心配かけんじゃねーって。
 そう考えて、改めてその心情の変化に驚かされた。
 一週間前ならこんな事、絶対に思わなかった筈。

(情が移ったかな?)

 ふとそう考えた時、海馬がベッドから立とうとしていた。
 けれど。

(―――な!?)

 ふらり、と海馬が崩れるように倒れる。

(海馬っ!)

 海馬が、ぎゅっと眼を閉じたのが見えた。
 その時思ったのは、オレが助けなければ、の一念だけ。
 そして。

「―――大丈夫? お前軽いのなぁ」

 間一髪。
 オレは海馬を抱き止める事が出来た。

(あっぶね…)

 軽口を叩き顔には出さなかったが、ほっと息を吐く。

「な、っ!?」

 驚いたように、海馬が眼を開いた。

(あぁ、やっぱ綺麗)

 ぼんやりと思った。
 肌も白いし、眼は海みたいな色だし、意外と睫長いんだ。
 わぁ、パジャマの襟元から鎖骨とか見えてんだけど…。

(目のやり場に困る)

 って、え?
 何言ってんだ、オレ。
 別に海馬は女じゃないんだから、鎖骨見ても何もならないし。
 つーか。

「もう少し食べるべきだな」

 そう言って、自分の言葉にうんうんと頷いた。
 軽すぎる。
 本当にお前、オレよりでかいの?
 間違いじゃねぇ?

(こんなんだったら、オレ、お前をお姫様抱っこできるかも)

 ……って、さっきから何考えてんだよ、オレ。
 少し頭を横に振って色々な考えを追い払って、改めて海馬を見たら。

「ん? 顔赤いぞ。風邪か?」

 肌白いから、お前分かりやすいんだよな。
 ちょっと赤くなっただけでも直ぐ分かってしまう白さ。

(その肌を―――)

「ち、違っ…、な、んでもない…っ!」

 ばっと海馬はオレを突き放すと、慌てて部屋続きになっているシャワールームへと駆け込んでしまった。
 その後姿を呆然と見て。

「………何なんだ」

 それは、海馬への言葉ではなく。

「―――何、で…」

 自身の手を目線に持ってくる。
 それは、確かに細かく揺れていた。

(さっき、海馬の白い肌を見て)
(オレは何て考えた…?)
(何で、あんな事を)
(海馬相手に、何考えてんだ……!!)

 心の中で小さく叫ぶ。
 けれど、脳裏に浮かぶのは、―――アイツ。
 サラサラの髪や澄んだ蒼の目。
 細く白く軽い身体。
 邪気ない寝顔。
 襟元から覗く鎖骨。
 そして。

「――――っ…!」

(あぁ、やっぱり断るべきだった)
(引き受けるべきじゃなかったんだ)
(近くに来なければこんな事知らずにすんだのに)
(こんな気持ちを抱く事も、きっと無かった)
(―――知らずに、いられたのに)

「さい、あく……」

 揺れる声に、震える体に、絶望する。





 考えてもなかった。
 一週間前には、こんな事予想すらしていなかった。

(こんなの、あの時予想していたよりも、最悪じゃないか)

 海馬を――――ダキタイ、なんて。





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 20060824
〈時間は要らない。答えが欲しい。この最悪から脱却する為の、答えが。〉





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