夢境葬送

[ 僕等は同じ朝を目指し、夜を迎えた筈だった ]



 まるで挨拶のように、昼と無く夜と無く、キミに言った言葉。
 それを跳ねつけるように睨んでいたキミが、何時の間にか諦めたようにオレを見るだけになった。
 それくらいには、オレはキミの傍にいたのかな。
 数える事を止めたオレにはどれくらいかが分からないけれど。

(そしてオレは、夢の中に帰化する)





  終熄(しゅうそく)のmelody





 眼を覚ましたのは、心の部屋の外から相棒の声が聞こえたからだった。
 何処か焦るような相棒の口調に、オレは素早くドアを開けた。

「どうした、相棒」
「あ、もう一人のボク」

 オレの姿を見た途端、よかったと、相棒の表情にはそんな安堵の表情が見えた。
 不思議に思ってどうしてそんなに心配していたんだと聞けば。

「うん…キミの部屋から何時もと違う雰囲気がしたから。…何処か、寂しそうな、さ」

 気の所為かもしれないけど、と相棒は心許ない笑みを浮かべた。
 そんな相棒に。

「もう一人のボク…?」

 今日のオレは、直ぐには何も言う事は出来なくて。

(―――夢を、見たんだ)

 〈広大な砂地を誰かと手を取り駆け巡り、笑い合っていた。
  その誰かは一番好きな人で、一番大切な人。
  共に空を見上げ、神を仰ぐ。
  眩しさに目を細めながら。
  けれど決して逸らす事はしない。
  小さく呟いた願いは聞こえただろうか。
  握り締めた手を。
  決して離さないと誓った、彼の人に。〉


 起きたらぼんやりとしか覚えていない。
 何処か懐かしくて。
 何処か、心締め付けられるような。

(そんな、夢を)

「……何でもないぜ、相棒」

 けれど、それを一言だって口にする事はなく、オレは相棒に笑いかける。
 ましてや、夢から醒めた時に胸が締め付けられるような空虚感が心にあったなんて事も。
 相棒は少しして、そう、とだけ言った。





 それからは何時もの日常。
 学校に行って授業を受けて弁当を食べてまた授業。
 掃除当番をこなしてみんなと帰る。
 途中でみんな抜けていって最後は杏子とバイバイ。
 そしてこの日をゲームで締め括ろうと意気込んで家に入ろうとした時だった。

「ちょっと良いか、―――王サマ」

 後ろから、そう呼び止められたのは。





「…何の用だ」

 相棒の許可を得てそいつを家に上げたものの、相棒の部屋にいるのはあまりにも不自然な存在だった。
 表のこいつであっても恐らく同じような感覚を持ったかもしれない。
 そう思いつつ尋ねた問いに、そいつはニッと笑って答える。
 その笑みに、少し引っかかるものを感じた。
 何時もの笑みと比べて、何処か陰のある微笑。
 けれどそいつの口調は何時もと変わらない。

「用事って訳じゃねぇんだけどよぉ。ま、転生組同士、仲良くやろうや」

 本能的にオレはその言葉が嘘であると感じ取った。
 けれど、それに返す言葉が分からなくて。
 黙っていれば「何か言えよ」とむくれられた。
 それは初めて見た表情で、オレは驚いてまた何も言えなかったけれど。
 そんなオレの表情を見て、そいつはまた笑った。
 今度は先程よりも濃い陰を落として。

「転生組、か…。自分で言うと、キツイな」

 自虐的に笑うそいつに掛ける言葉をオレは知らない。
 だから、ただ名前を呼んだ。
 そうすれば。

「…なんだよ、王サマ」

 何かを隠すようにまた違う笑みを浮かべたそいつに、オレは気付いてしまった。
 窓から差し込む夕日の中。
 この部屋には(キズ)を抱え込む者しかいない事に。
 其処に記憶の有無の差はあれど。
 だから、オレは言ったんだ。

「―――デュエル、しようぜ?」

 ただゲームとしてただ単純に楽しむ為のデュエルをそいつとした事はなく、それに思えばこうして打算無く喋るのは初めてで。
 だから大した事ではないと言うそいつの嘘に付き合おうと思った。
 理由は多分、そんなものでしかない。





 ゲームの回数は、白熱した所為もあって、2回もすれば空は漆黒に包まれた。
 2回目が終わり、張り詰めていた場の空気が緩むと。

「やっぱ王サマは強ぇなぁ」

 勝てやしねぇ、と笑うそいつに、オレも笑って返す。

「お前だって強いじゃないか。オレも危ない所だったぜ」

 最初の雰囲気とは違い、幾分か和んだ空気の中、お互いデッキを手元に戻しながら話し合う。
 よく見れば、そいつがカードに注ぐ眼差しは何処か温かく、そっと手に取る様子はとても大事にしている宝物を扱うかのようだった。
 けれど不意にその表情は歪められた。
 視線の先を辿れば、一枚のカード。

(死者蘇生…?)

 それがどうしたんだ、とオレが問う前に、そいつの口が動いて。

「―――なぁ、王サマ。考えた事ってねぇ?」

 死者は、蘇るべきだったのか。

 視線をそのカードから逸らす事無く、搾り出すような声でそう零す。
 それがどういう意味か、なんて。
 どうして過去形か、なんて。
 聞く事はきっと残酷で。
 そして良いのか悪いのか、オレはその意味が分からない訳でも、なかった。

「……どうして、そんな事を考えたんだ?」

 けれど思い至った経緯を聞く事は許されるだろうと、そう聞けば。

「…懐かしい、夢を見たんだよ……」

 数瞬の躊躇いの後に呟かれた言葉に、僅かに目を見開く。

(夢…?)

 嫌な偶然だと、思った。
 そんなオレに気付かず、そいつは言葉を重ねる。

「ずぅっと前の、過去の、な」

 王サマが王サマであった時代の夢だよ。

 その言葉と共に思い出せる記憶などオレにはないのに。
 懐かしいと感じるのは、今日の夢に関連があるのだろうか。

「誰が、他に居た?」

 無意識に出た問いに、そいつは律儀にも答えた。

「色々、だな。オレの仲間や家族、見知らぬ町人、よく行った酒場の女、殺した奴、奪った奴、アンタに―――生意気な神官、とかな」

 そいつは懐かしむように笑う。

「夢を見るなんて、久々でよぉ…。しかも選りに選って〈過去〉だってんだから、始末に悪ぃ」

 困ったように、辛そうに、そいつは笑って。

「だから、アンタに会いに来た」

 今まで逸らしていた視線をコチラへと向ける。

「なんか誰でも良いから、会いたくなったんだよ」

 あぁ、感じた嘘はこの事かと。
 同じ疵を持つ誰かに会いたかったのかと。
 何も言わず、何処か泣きそうな顔をするそいつを見ながら思った。
 そうしている内に、そいつはよいしょと立ち上がって。

「デュエルができて、良かったぜ」
「帰るのか?」
「あぁ」

 あいつが、待ってる。

 今度笑ったそいつの笑みは、何処か明るくて。

「……そうか」

 オレも笑って、じゃあな、と手を振るそいつを見送った。

「さて、と」

 呟いて、相棒、と心の中に語りかけた。

『…ん、どうしたの、もう一人のボク』

 寝てたらしく、何処か声が寝ぼけてる。
 そんな相棒に和みながら。

「すまない。もう少し身体を借りていても良いか?」
『うん、ボクは全然構わないよ』

 寝てるからさ、という優しい相棒の言葉と笑顔に慰められる。

「ありがとう」
『いえいえ。じゃあ、おやすみ』
「あぁ、おやすみ」

 就寝の挨拶をお互い交わし相棒が部屋に戻ったのを感じると、オレは携帯電話を取り出した。
 そしてただ一つだけ記憶している番号を押していく。

「………あ、もしもし?」

 なんだ、という声は地を這うようだ。
 何時もの事なのでオレは気にせず、ただ今から行くという旨だけ伝えた。
 当然ながら、今何時か分かっているか、だの、オレは忙しい、だのという相手の叫びはあったが、オレは気にせず聞き流す。
 相手を言葉で説得する事が難しいのは、経験上よく知っていた。

「じゃあ、後で」

 おい、待てっ!、という声を無視して通話を切る。
 最後まで叫び続けた相手にくすりと笑った。

「…行くか」

 ただ、会いたくなったのだ。
 もう立ち去ってしまったあいつと話しているうちに。





「………だから嫌なんだ」

 枕に突っ伏しながら溜息を吐く相手にオレは何がだと聞くと、分からんのかと殴られた。

「貴様が来ると絶対仕事が進まない」

 ぶつぶつ文句を言う相手に、けれどそうでもしなければ相手が見境もなく仕事をし続ける事を知っているオレは、いいじゃないかと笑った。

「どうせ今日すべき仕事は終えてるんだろう?」
「当然だ」
「なら何の問題がある」

 問題は無いがこっちの都合というものが、などとまた叫びだしそうな勢いに、はいはい、と適当に受け流した。

「貴様の突然の来訪は、オレにとってはただの嫌がらせだ」

 オレが取り合わない事を悟ってか、苦々しそうに相手はそう吐き捨てた。
 あまりの言い草に、今度はオレが溜息を吐く。

「ったく。お前はオレを何だと思ってるんだ。嫌がらせな訳がないだろう」
「だったら何の理由があって…っ」

 相手の言葉の途中で、唇を奪って。

「お前を好きだってだけだぜ」

 そっと離して呟けば、眉を顰めて顔を背けられた。

「……聞き飽きたわ」

 そう言いながら暗闇の中でも分かる耳の赤さに、気づかれないように小さく笑う。

「聞き飽きたって言うんなら、いい加減覚えたらどうだ?」
「うるさい」

 もう寝るっ、と言って完全にオレに背を向け布団を巻きつけた相手を、ぎゅっと抱きしめる。
 途端驚きの声と共にバタバタと暴れだした相手を、それでもオレは離さない。

「何して…っ!」
「オレも寝るだけだぜ?」
「離れろっ」
「嫌」

 より強く抱きしめて相手の香に溺れようとしたのに。
 ふと思い出したのは、夕方の事。

「………なぁ」
「…なんだ」

 暴れ疲れた、とでも言うように元気の無い不機嫌な声の持ち主に、問う。

「死者は、蘇るべきではなかったのか?」

 その言葉に、相手はぴくりとも反応しない。
 相手がそんな問いを嫌う事も厭う事も分かっていた。
 だからその問いの答えを得られる可能性は低いのだけれど。
 何故か答えてくれる様な気がしていた。
 けれど相手は無言のままで、やはり答えは期待できないかと諦めかけた時。

「…貴様がそんな非現実的な問いを何処から持ってきたか知らんが」

 一息置いて。

「蘇ったものは仕方なかろう。―――また命尽きるまで生きるしかあるまい」

 言い切った相手の言葉を、咀嚼する。

「………そうか」

 その答えはとてもとても相手らしくて。

「…そうだな」

 オレは小さく笑んだ。
 そして頬を相手の背に押し付ける。
 伝わる愛しい相手の体温に、理由無く安堵する自分。
 相手の溜息は何時しか子守唄に変わって。
 オレは。

(夢の、中、へ―――)





「…どうなされた」

 目を開ければ深いオアシスの色を湛えた双眸がオレの瞳を覗き込んでいた。
 その表情に、何処か訝しむ色が見えて。

「その問いを、そなたに返そう」

 そう言えば。

「眠りながら笑っておられたのでな」

 淡々とした答え。
 それに、そうか、と返して、続けて言った。

「―――夢を、見ていた」

 〈限られた時に在住する中で。
  確かだったのは不可視の絆、無言の愛。
  それらをただ純粋に信じていられるような人間が、周りにいた。
  縋る神が居らずとも。
  彼らが居れば心満たされた。
  特別傍にいて欲しいと願った闇を抱えた彼の人は。
  誰、だっただろうか。〉


(夢を見た事は覚えてる。けれど、ただそれだけの、夢を)

 どのような?、と、オレにしどけなく(もた)れ掛かってくるのと同時に、何処からか音が聞こえる。
 優しく甘いその音に身を委ねながら。

「……忘れてしまった」

 呟き抱き寄せて口付ける。
 静かに、ただ寄せては引く波の様に。

(恐らくそんな夢だったのだろう事だけは、覚えているのに)

 あぁけれど。

「そなたも、いた気がする」
「私も?」
「あぁ、そなたも」

 それは光栄な事、と笑む唇に、また口付けを落とす。
 けれどそれは阻まれて。

「さぁ、また眠られよ」

 まだ(あした)は遠い。

 優雅にそっと離れようとする腕を引き寄せて。

「そなたも共に」

 腕に抱きとめてそう言えば。

「……あぁ、お供いたそう」

 何処までも。

 その言葉を聞いて、また眼を閉じる。
 聞こえていた音が、何処かに遠のいて行くのを感じながら。
 そしてまた。
 現在(いま)を。
 過去(むかし)を。
 夢を、揺蕩(たゆた)う。





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 20080815
〈傷つくことを知っている。嘆くことも、哀しみに溺れることも。それでも、願うよ。優しい夢を見られたらと、小さく、確かに。〉





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